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なぜカトリック教会では、聖母マリアに祈るのか

前回の記事でご紹介した、こちらの記事、

Why Catholics (and other Christians) Pray to the Blessed Virgin Mary
なぜ、カトリック教会(と、その他のクリスチャンたち)は聖母マリアに祈るのか

という記事を日本語訳にしてご紹介しますね。

(読みやすい日本語になるように、かなりがんばったのですが・・・やはり直訳にほぼ近い文章になってしまいました、ごめんなさい。。)


カトリックではない人々、そのたくさんの人たちは、子供の頃からこのように教えられています、

カトリック教理の間違い、その明らかな証拠は、聖母マリアに対する光栄や敬意、そして聖母に捧げられる数え切れないほどの信頼と祈りである、と。

しかし同時に彼らが、カトリックの、マリアに対する献身の、正真正銘の基盤は何なのかを学ぶ時に、最終的に、彼らがカトリックになる、という結果に行き着くことも事実、あるのです。

どうしてそのような事が起こるのか・・その理由はとてもシンプルで明確です。

それは全て、この2つの真実に含まれています。

 

1.マリアは神の母である

まず第一に、マリアは、神の母(ルカ1:43)です。

神が、その母を持つことを、衝動的に決めた、とはカトリックは信じていません。神は、母を持つことをあらかじめ選んでいた、とカトリックは信じています。

神は、彼の、人としての身体を、彼女の胎の中で形作ることに対して、彼女を選び、許可を与えたのだ、と考えます。(ルカ1:35)

また神を、小さな赤子としてこの世にもたらす事を彼女に許可し、そして、彼女の胸から彼に乳を飲ませ、彼女の腕の中に彼を運び、危険から彼を守り、そしてどの子も教わるように、彼女から歩き方、話し方、祈り方を教えることを、神は選んだのです。

聖母マリアが、愛によってのみ、彼に関する全権を握ることを、神は選んだのです。(ルカ2:51)

その母を選ぶ、という時に、神の御子は、良き母の愛は常に、良き息子にその全権を行使でき、その母が彼の意志に対する全権を握ることをゆるす、その事を御子が選んだのだ、とカトリックは信じています。

2. 聖母マリアは全ての人の母

第二に、マリアは全ての人の母です。

罪にまみれた、全ての人の子どもたちを、イエスの兄弟姉妹として、その母が受け入れられるために、神の御子は、母を通してこの世に来ることを選んだ、とカトリックは信じています。

またイエスは、どのように彼女が敬われ、愛されるべきなのか、のお手本を示しました。

イエスは彼女を、全ての人の母親として整えられるため、彼女に、全ての想像できる限りの、全ての痛みに苦しむ(ルカ2:35)事を彼女に頼みました。それは彼女の子どもたちに対する悲しみ、同情を彼女に教えるためでした。

彼女はイエスのたった一人の母、イエスは彼女を痛みから救う事ができたでしょう、なぜなら彼はそのような力を持っていたし、彼は彼女を無限の愛で愛していたからです(しかし、そうはなさらなかった)。

イエスは、第一の公の奇跡を、彼女からのリクエストによって行いました(ヨハネ2:1-11)。また、彼が死を迎える時には、彼女はすでに、全ての人の母となるように、最初から定められている事を、マリアに再度伝えました(ヨハネ19:27)。

このようなわけで、聖母マリアは、母がその子どもの幸せを願うことに熱心であるのと同じように、イエスの兄弟姉妹である私たちのたましいと、身体の問題において、助けることを熱望していることを、カトリックは信じているのです。

ピエタ像

 

カトリック(また、他のクリスチャンたち)が唱えるロザリオは、これら2つの真実にある、彼らの信仰の表現です(ルカ1:48)。

もしマリアが、彼女の息子であり、神の御子であるイエスに、私たちの代わりとして話してくださる時、私たちの祈りの応えを受けることを、私たちは知っています、そしてそこには疑いの余地はないのです。

映画パッションの、JIMさんの証し

みなさま、報告が遅くなりましたが、先日無事にアメリカに戻ってきました。

今回は時差にはそんなに悩まされませんでした、が、やはり疲れが・・_| ̄|○

でも食欲も出てきたし、ジョギングも始められたし、だいぶ調子を取り戻してきましたよ。

さて、そんな中、とても興味深い、素晴らしいYouTubeの映像を見つけたので、こちらにシェアしますね。映画「パッション」で、Jesus役をやられたJim Caviezelさんが、アメリカの教会、The Rock Churchという場所で映画について話しています。

なんともその撮影は壮絶だったようで、そのインタビューの中でも話してますが、

  • ムチ打ちの撮影の場面で、本当にムチが体にあたり、実際に大きな傷を受けた
  • 十字架のシーンでは、肩が脱臼を繰り返している状態だった
  • 肺炎で呼吸が困難で、本当の十字架刑の死因(=呼吸ができなくて死ぬ)の体験を味わった
  • 十字架に付けられている時に、雷に打たれて一瞬意識を失い、その時に自分を外側から見た、とおっしゃってます。雷で地も揺れた、とも。
  • 心臓もあんまり良くない状態で、ドクターに「この状態だと死ぬかもしれない」と言われたぐらいだったにも関わらず、撮影を続行したこと
  • 映画の撮影の後は、あまり人には言っていなかったが、心臓の手術をされたんだそうです

などなど・・・なんとも凄まじい撮影内容。まさに、イエス様のパッションの一部を、実際にご自分で体験しながら歩まれたかのようです。でも、この映画を中途半端な映画にはしたくない、と同時にいつも自分はこの大役に見合う者ではないと感じ、毎日祈って、撮影中も常に祈りつつで撮影を進めたんだそうです。すごいですね。。

彼のインタビューは、まるでイエス様ご本人が話されているかのようです。全て英語ですが、ぜひ見てみて下さい。

(コンピュータですと、YouTubeの設定で字幕を表示することも出来ますよ)

十字架の道行き〜Closing Prayer

◆Closing Prayer

Let us pray

祈りましょう。

We who were baptized into Christ Jesus were baptized into His death.
We were indeed buried with him through baptism into death, so that,
just as Christ was raised from the dead by the glory of the Father
we too might live in newness of life.
Lord Jesus help us to live in gratitude and grace.

キリスト・イエスに入る洗礼を受けた私たちは、
キリストの死に入る洗礼を受けました。
私たちは死に入る洗礼を受けた時、確かにキリストと共に葬られたのです。
それはキリストが父なる神の栄光によって死から蘇られたように、
私達も新たにされた人生に生きるようになるためです。
主イエス様、日々感謝の心を持って、恵みの中で生きられるように、
私達を助けて下さい。

Through the Cross which brought our salvation,
may Almighty God bless us, the Father, the Son and the Holy Spirit.

私達の救いをもたらした十字架を通して、
全能の神が私達を祝福して下さいますように。
父、子、聖霊の御名によって。アーメン。

Michelangelo's Pietà

Michelangelo’s Pietà、ミケランジェロのピエタ像


・・・いかがでしたか?

私は最初、このStation of the Crossを読んだ時に、十字架の道行きの中でさまざまな事に気付かされて、そういう見方もあった、こういう意味を汲み取ることもできるんだ、と、新たな視点を与えてくれた気がして、とても興味深かったんです。

普段、Station of the crossを祈るときには、祈る、というよりは、この小冊子をざっと読んで終わり、というのが実情ですが、今回一つ一つ日本語に訳すことで、さらにもう一度噛み砕いて味わえたような気がします。

ぜひ、このレントの期間、この祈りも含めてさまざまなタイプの祈りがあると思いますので、今の自分の心、思い、行いを吟味し、さらに神様に探っていただき、イースターに向けてそれぞれ整えていただける期間になっていくことを心から願っています。

ちなみに・・・

14のStationやその道のりは実際、エルサレムに未だに残されていて、今でもそのまま歩くことができるようになっていますし、各Stationには教会(または祈る場所?)が設置されています。随分昔に私もその道のりを歩きましたが、こんなゆっくりじっくりと味わう暇もなく、ものすごい人混みを、スリに合わないように警戒しながらひたすら歩いた、という記憶しかありません!( ;∀;) その当時、このような祈りがあるとは全然知りませんでしたね〜、残念です。あの時知っていたらば!・・いつかこの小冊子を持って、各ステーションを回って祈ってみたいです。

jerusalem-via-dolorosa-map

 

十字架の道行き〜Station 14

さて、Stationも最終回になりました。今使っている小冊子ではこの回が最後で、あとはクロージングの祈りで締めくくられます。

一つ一つのStationを通して、私達が考えるべきことは、その全ての苦難、苦痛、屈辱、拒絶はイエス様がすでに先に体験されている、ということですね。その苦難に自分の苦難を重ねあわせた時に、イエス様はこの苦難を知らない方ではないのだ、と知り、そこから慰めるを受けることができると思います。

またイエス様だけではなく母マリア様の苦難、従う者達の心情もStationの場面によっては触れられています。

さまざまな立場での苦難、苦痛をさらに深く知ることが出来、私達がいざ苦難にあった時に、そこから逃れようとせず、かえって受け止め、そこで何かを学んで、お互い日々成長させていただきたいと思います。


 

◆始めの祈り

We adore you O Christ and we bless you,
Because by your holy cross you have redeemed the world.

主キリスト、あなたを礼拝し、賛美します。
あなたは尊い十字架とご死去をもって、世をあがなってくださいました。

stations3-14

◆Station 14 — Jesus is laid in the tomb /イエス、墓に葬られる

At the place where Jesus was crucified,
there was a garden, and in the garden a new tomb,
in which no one had ever been laid.

イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、
そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。

Because it was the Jewish day of Preparation
and since the tomb was nearby, they laid Jesus there.

その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、
イエスをそこに納めた。(ヨハネ19:41-42)

The earthly life of Jesus cut short,
his mother and followers do not even have the comfort of performing
the customary rituals over his body.

イエスの地上生涯があまりにも早く終わり、イエスの母や彼に付き従う者達は、
彼らの慣習に従った葬儀をする事さえもままならなかった。

Jesus, there was so much left for you to do.
There is so much still to do.
As we pray these stations in the presence of the Eucharist,
we remember that you live, risen and victorious,
and we give you thanks for the gift of yourself and offer ourselves to you.

イエス様、あなたにとってあまりにもやり残したことがたくさんあったでしょう。
また、まだまだこれからすべき事も。
私達が一つ一つのステーションを、御聖体にあるあなたの臨在の中で祈る時、
あなたは生きて、復活され、勝利されたことを覚えます。
そしてあなたご自身を私たちへの贈り物として、
捧げてくださったことに感謝を捧げます。

Lord Jesus Crucified, have mercy on us.

十字架にかけられたイエスよ、我らをあわれんで下さい。

十字架の道行き〜Station 13

◆始めの祈り

We adore you O Christ and we bless you,
Because by your holy cross you have redeemed the world.

主キリスト、あなたを礼拝し、賛美します。
あなたは尊い十字架とご死去をもって、世をあがなってくださいました。

stations3-13

◆Station 13 — Jesus is taken down from the cross /イエス、十字架より下ろされる

Because the Jewish leaders did not want the bodies left
on the crosses during the Sabbath,
they asked Pilate to have the legs broken and the bodies taken down.

さて、ユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、
安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、
ピラノに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。

But when the soldiers came to Jesus and found that he was already dead,
they did not break his legs.

しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、
その足を折ることはしなかった。

Instead, one of the soldiers pierced Jesus’ side with a spear,
bringing a sudden flow of blood and water.

しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突き刺すと、
すぐ血と水とが流れ出た。(ヨハネ19:31-34)

Lord, what is was like for your mother and your followers
to receive your lifeless body?
Though washed by the water of Baptism and nourished by the Eucharist,
I sometimes feel confused and alone.
Strengthen my trust in you.

主よ、あなたの母や従っていた者達にとって、
魂を失ったあなたの身体を受け取るということは、どのようだったのでしょうか?
洗礼の水によって洗われ、御聖体によって養われているにもかかわらず、
まだ私は時々混乱したり、また一人ぼっちのような気になってしまいます。
どうぞあなたへの信頼をますます強めて下さい。

Lord Jesus Crucified, have mercy on us.

十字架にかけられたイエスよ、我らをあわれんで下さい。

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