Ako's Family Ministries 活動報告 since 2010

聖体の奇跡 in バッファロー

 

カトリック教会では、ミサは毎日行われます、

また御聖体(Blessed Sacramentと呼ばれます)をいただく聖体拝領(Holy Communion)もミサごとに行われます。

このミサの中でメインとされるのが、賛美や司祭の話ではなく、この聖体拝領なのですね。聖体拝領を行うためのミサである、と言っても過言ではないと思います。

 

これはイエス様が十字架にかかられる前、弟子たちとともに過ぎ越しの祭りの食事の中で、このようにおっしゃったことから来ています。

またパンを取り、感謝してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、

「これは、あなたがたのために与えるわたしのからだである。

わたしを記念するため、このように行いなさい」。

食事ののち、杯も同じ様にして言われた、

「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である。」

(ルカによる福音書22章19−20節)

 

文字通り、このパンとぶどう酒はイエスの御身体、御血、と捉え、それはそれは、丁寧に扱われ、ミサの中で司祭をはじめ、人々もみな、その前に何度もひざまずき、聖別のための長い祈りが唱えられます。

ただのパン(ウェハース)とぶどう酒は、司祭がミサの中で、儀式にのっとってなされる祈りと聖別の式によって、イエスの体と血に変えられる(=consecrate)、と信じられています。 なので、その資格のある、規定にのっとって叙階されている司祭がいなければ、聖別の式もできないし、聖餐式も、本物のパンもぶどう酒も受け取れないわけです。ですので教会がある、司祭がいてミサが行われている、このことは大きな恵みなのですね。

 

そういう背景で、この奇跡のことをご紹介したいのですが、今までの教会史の中で、この御聖体を通してたくさんの奇跡が起こりました。

一番最近で、カトリック教会の中でニュースになったのが、バッファロー(NY州)で起きた奇跡です。バッファローは、以前の記事でも取り上げましたが、何かとあまり良いニュースを聞かない場所で起こった奇跡です。

 

毎度、英語ですみません・・

このニュースでも冒頭に、御聖体の奇跡として、アルゼンチンで起こった奇跡が紹介されていますが、こちらもとても興味深いので、次回の記事で取り上げたいと思います。

 

バッファローの教会で起こった奇跡は、2015年11月に起こりました。

この動画の番組で話しておられる女性はその教会の方で、その奇跡の目撃者です。

11月中旬、ミサ中に、御聖体を不意に落としてしまったようなのですが、それはすでに聖別されているものですから、処分に困ったディーコン(執事)は、教会のルールにのっとって、聖水の入っているカップに入れて置いておき、後ほど処分しようとしてそのまま取り置いておきました。

そしてその後、11月30日の金曜日、そのご聖体を見てみたら不思議な事が起こっていました。

その御聖体に血痕のようなものが浮かび上がっているのです。彼女は、最初にそれを見た時に、とても鮮明な赤であったのが、その後マルーンカラー、すこし濃い赤色に変わった、と言っており、これがもし口紅がついたものであるならば、そんなことは起こるはずない、これはイエスの血に違いない、と思ったようです。

(過去にも、このような奇跡は世界各地でたくさん起きているため)

さっそく、そのことを司祭に伝え、本当の奇跡かどうか、教会の調査チームに依頼するのが普通の段取りのところ、その教区のビショップ(司教)はそれをせず、そのまま御聖体を処分するように、と申し伝え、その教会の司祭はその言葉に従って、調査もせずに処分してしまった・・

というニュースでした。

このような奇跡はそうそう起こるものではないのですが、やはりこんなに最近で、しかも同じNY州で起こった奇跡として、私もすごく親近感を持ちました。そしてこのニュースを見て以来、ご聖体もっと現実のものとして、まさにイエスの御体なんだ!と、ありがたくいただくようになりました。

いただくときはひざまずいて、自分の手ではなく、そのまま舌の上に乗せてもらっていただくようにしています。それが伝統的な形式で、ラテン・ミサでは全ての人がそのように拝領しています。また、頂いた後も、自分の体の中で、このパンがイエスさまの体に変わって、私の中に生きてくださるんだ、そう黙想しながら感謝の祈りを捧げるようになりました。

今、本当にカトリック教会自体がパッション(苦難)の中にあります。いつ教会がなくなってしまうか、ミサが禁止されるかわからない(中国では地下教会でさえも取締りを受けている状態です)、この世の流れに賛同し伝統を重んじない司祭がもてはやされ、逆にしっかりと伝統を守ろう、信仰を取り戻し、魂の救いのために働こうとする司祭がどんどん教会の働きから意図的に排除されている始末です。

そんな中で、イエス様はきっと、この御聖体の奇跡を通して、何かを私たちに伝えようとしておられる(しかもバッファローでしたし)、そう思いましたので、こうして記事にした次第です。

 

アルゼンチンでおこった奇跡は、また次回にまとめます、こちらもお楽しみに!

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