私を音楽に導いた出来事シリーズ、最終章です。

あの経験がなければ、今の私は確実にいません!

私の人生のすべてを変えた、本当に衝撃的な体験でした。

 


横田Air Base Gospel Workshop

 

あれはそう、忘れもしない1995年の4月でした。

皿洗いのバイトで借金を全部返済した後、趣味でバンド活動を初めて、

そのバンドにも行き詰まってた時に、

ふいに見つけた「ゴスペル歌いませんか」のちっちゃな告知に目が止まり、

それで恐る恐る問い合わせて行ってみたところがなんと、

この横田Air Baseでのゴスペルワークショップに繋がったんです。

 

横田なんて、同じ東京でも、墨田区出身の私には全くの未開の地、

もちろん行ったことなんかありませんでした。

さすがにめちゃくちゃ遠かったんですが・・・

最初の1日目で受けた、ものすごい大きなカルチャーショック!!

それから、この1週間ぐらい行われたワークショップに、毎日毎日通いました。

 

一歩、あのゲートをくぐり抜けてベースの中に入ったら、

そこは日本じゃない、全くのアメリカでした。

町並みや道路やらがすごい新鮮だったのを覚えてます。

 

そして会場は基地の中にある教会。

私はこの時、教会に足を踏み入れたのは初めて。

その入口に近づくに連れて、すでに始まっていたワークショップで

中からの歌声が聞こえてくるわけですよ。

入ったらもうほとんど黒人の方たちで席が埋まっていて、

みなさんの歌声が分厚く、深く、そして大きく会場一杯に響き渡っていて、

もうそれだけで泣きそうになってしまいました。

 

なんというか・・まさにカルチャーショックでしたね。

 

このゴスペル・ワークショップというのは、

横田基地で、毎年行われている恒例の行事のようです。

その時には、一人の講師の方が本国アメリカから呼ばれて来ていて

(小柄な女性の牧師の方で、歌うとめっちゃパワフルで、

笑顔のかわいい先生でした )

 

その方が用意した曲を、その場で、まずパートごとに習って、

私たちはその場で自分のパートを覚えて、そして合わせて歌って・・と、

どんどん、何曲も一日にやっていき、

最終日には参加者とその先生とバンドと一緒に、

習った曲をコンサートで発表する、というものでした。

 

私たちには初日に、何枚も束になった歌詞カードが一部ずつ渡され、

(譜面はありません、歌詞のみ、です)

その歌詞カードを頼りに、ただ周りに付いていくのに必死、

という状態で、ひたすら歌っていきました。

 

もう全てが初体験なので、なんだかよくわからないままに

周りについていった、という状態です。

 

そして二日目か三日目ぐらいでしょうか・・

いつものように横田基地の中の教会で、大人数に混じって歌っていると、

その講師の先生が、いつもは前方のステージのようなところに立っているのに、

こちらに向かって歩いてくるんです。

そして、なんと私の側に立ち止まって、

その手にしていたマイクを・・

私に手渡すんですよ!

この意味とは・・・そう、

その曲でソロを歌う、ということを意味するんですね。

 

実はその日、ワークショップが始まる前に、ソロのオーディションがあって、

私は何を間違えたかオーディションを受けていたんです。

もちろんはちゃめちゃの英語だったし、オーディションには落ちました。

しかし私の歌声を聴いたからかどうかわかりませんが、

ワークショップ中に先生は突然、今みんなで習ったばかりの曲にも関わらず、

私にソロを歌え、とマイクを渡すんですよ。

 

そして私は、何も考えずに、とっさに!

マイクを受け取ってしまったんですね。

 

こうなったら後には引けません、何を歌えばいいのかもわからないにも関わらず、

とりあえず歌いだしました。。

 

その時に不思議な事が起こったんです・・・

メロディーが後から後から、

頭のなかに浮かんでくるんですよ。

そのメロディーに、歌詞カードを見ながら歌詞を付けていって・・

気がついたら、曲が終わる最後まで、全部歌いきっていました。

 

私自身はもう放心状態、何が起こったかもわからないぐらいでしたが、

曲が終わってすぐ、その場にいた周りの人たちからの、

どっ!という大きな拍手と歓声で、

はっ!と我に返った感じでした。。。

 

何を歌ったかも、どんなメロディーを歌ったかも何も覚えてません、

 

・・でも、私、歌ったんだ・・

 

不思議な感覚が体中にみなぎっているのだけがわかりました。

もちろん、そんな経験はそれまでしたことがなかったし、

それ以降もありませんでした。

でも、自分の力ではないことだけはわかりました。

 

そして、その経験がその3ヶ月後、私をキリスト教会へと導き、

洗礼を受けるまでになりました。

 

その時から私の人生が変わっていたことは言うまでもありません。